学士入学体験記



       

学士入学してから卒業するまでの4年間は、人生で最も勉強した期間だった。数学、物理、電気回路、電子回路、電子物性、電磁気学・・・。高校時代、物理や数学が苦手だった私は不思議なことに履修した単位を1単位も落とさなかった。はたして、苦手を克服したのだろうか。いや、そうではなかった。物理や数学は持って生まれた才能がものを言う世界であり、努力によって苦手を克服することはできない。苦手でも努力をすれば試験で点数を取ることができ、単位を落とすことはないということを証明したに過ぎない。

人間関係で悩んだとき、仕事と学業の両立に疲れたとき、勉強についていけないと感じたとき、何度か退学したいという気持ちを持ったことがあった。 学士入学者にはもともと「大卒」という学歴がある。 たとえ退学したとしても生きていく上で何も困らない。 大学をやめれば仕事だけすればよく、大変な勉強をしなくて済む。 悪い考えが頭をよぎる。 学士入学・・・希望しても誰もが叶うことではない。 入学できたからには卒業しなければならない。 「やめたい」と思ったときは、「卒業したい」という気持ちを思い起こさせて続けることにした。

もしも、学士入学していなかったら・・・
・希望する仕事に就けなかったはず。
・物理や数学はただ難しくつまらないものと思ったまま人生を終えていたはず。
・電気の学問の面白さに気づかずに人生を終えていたはず。
緑豊かなすばらしい環境、少人数制大学ならでは密度の濃い授業、切磋琢磨し合える学生との出会い等々。

学士入学したばかりの時に学士入学者の同期に2人だけ会ったことがある。 地理情報学の授業で一緒だった地理学科のAさん、微分・積分Iの授業で一緒だった数学科のBさん。 その授業が終わってからは一度も見かけることはなかった。 それと同時に妙な孤独を感じることがあった。 勇気を出して話しかけ、その後交流できなかったことを今でも後悔している。 今考えると、孤独を共有できる唯一の仲間だったのかもしれない。

この4年間でお金で買えないものを手に入れた気がした。 卒業後は、在学中の嫌な経験、苦労した経験はたいしたことではなかったと思えるようになり、達成感だけが残った。本当に学士入学してよかった。

【編集後記】
東京都立大学・・・私がこの大学の存在を知ったのは、高校生のころである。当時、ホームページも普及しておらず、大学の情報を得るのは紙面が中心だった。私は受講していた進研ゼミの大学案内の中でこの大学の存在を知ることになった。写真に写るキャンパスは非常に綺麗で、当時目指していた理学部生物学科もあり、とても魅力的な大学に思えた。一方では、東京よりも地方の大学に行きたい、国立大学に行きたいという気持ちがあり、自分とは縁のない大学となった。とはいえ、「質が高くて環境が整っている魅力的な大学」という印象はその後もずっと持ち続けることになった。このときの気持ちが学士入学へつながったのは確かである。
高校卒業後、地方の国立大学に進学した私は、何か満たされないものがあった。家庭の事情もあり、現役で国立大学に進学しなければならなかった私は、大きな賭けをすることもできず、絶対合格できる国立大学を受験せざるをえなかった。そのため、入学後も大学に対してもあまり愛着がなかった。入学した大学も国立大学であり、そこそこの質は保たれてはいるが、周りは同じがそれ以下の学力の人が多く、それほど努力しなくても試験で単位は取れてしまうという状況だった。何か物足りなさを感じていた。一時期、仮面浪人というものも考えたことがあったが、親に迷惑をかけられないという気持ちもあり、断念することになった。そんな気持ちを払拭するかのように、研究に打ち込み、大学院にも進学した。それでもまだ満たされない気持ちのままだった。もっと高度な教育を受けたい、理系のことをもっと深く学びたいという気持ちは強くなるばかりだった。そんな気持ちが強くなったある日、検索エンジンで探したのが「東京都立大学」だった。ホームページを見ると、高校生のときの気持ちがよみがえってきた。「今さら大学なんて・・・」という気持ちを振り払ったのは、「学士入学」という制度の存在、そして年間26万円という格安の授業料だった。
卒業してから、卒業証書を眺めることがある。自分の出身大学にもかかわらず、そうでないような錯覚を感じることがある。縁がなかった大学が縁のある大学になったという何とも不思議な感覚である。この大学で学んだことで、高度な教育を受けたいという欲求は十分に満たされた。しかし、まだ何か物足りなさもある。時間が経てば解決するものなのか、それともそうでないのか・・・・・・。

TOP




Copyright(c)2008 学士入学体験記 All rights reserved.
Photo by m-style.